■見えているのはごくごく一部

東日本大震災で、とくに原子力災害に見舞われた地域を訪問する機会を得ました。
最初に
(あ…)
と思ったのは、「除染作業中」の旗が何本も立った中で、作業している方々の姿。
正直に言うと(恥ずかしいのだけど)、除染作業というのは、「もう終わっている」と思っていました。だから、「今でも続いている」ことに、
(あ…)
と思ったのと自分の認識不足を痛感したのでした。
ほんと、見ていないし見えていない。
私は石巻で震災を経験し、沿岸部の大変だった状況も「ある程度」知っています。だから、現在の石巻のまちや状況をみて
「もう復興したんですね」
と言われると、ちょっと複雑な気持ちにもなります。
それと同じだな、と。
何でも、全部見えている、分かっているとは、到底言えません。
私なんて、自分が関わっている範囲のことしか見えていない。
しかも、自分の価値観や経験によって、見えなくなっていることもたくさんあるのだと思います。
見ていないこと。
見えていないこと。
その方が、きっとずっと多い。何事も。
だからこそ、分かったつもりにならずに、見ようとすること。
聴こうとすること。
その自覚を持っていたいなと思った瞬間でした。





