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本川良です。生活綴方教育に刺激を受け、その後『学び合い』の考え方に出会いました。 「「教室・学校と地域コミュニティ」について考える日々です。「お互いが尊重し合う関係の中でこそ,人はそれぞれの強みを発揮できる。」と考え、まずは足下から緩やかにチャレンジします。ホワイトボード・ミーティング®認定講師、日本イエナプラン教育専門教員資格認定。現在は福島県磐梯町教育委員会教育再デザインセンターに所属しています。

■結局、対話。それ自体を楽しめるといい。

■結局、対話。それ自体を楽しめるといい。

 (結局、対話を重ねて、それぞれのイメージをすり合わせていく作業だよなあ…)
(それを厭わず、一致点がみえるところまで続けることだな…)

 そんなことを考えた今日でした。
 
 一人一人、イメージや考え方、感じ方は違うし、これまでの経験も見てきた出来事も違います。だから仮に“A”といっても、同じAが見えているとは限りません。だから、
「なるほど、それってどんなイメージ?」
とか
「なるほど、もう少し詳しく教えて?」
という問いを重ねて、なるべく見えている「絵」をメンバー間で重ね合わせてみる作業が必要になります。
 これは、なかなか、ある意味「手間」で「めんどう」な作業になる場合もあります。


 人間の感情は曖昧なもの。だから曖昧で抽象的な部分に、人間的な面白さやうれしさ、満足感が宿るとすれば、その「曖昧さ」をなるべく埋め合わせ一致点を見出そうとする努力が、やはり「みんなで面白がる」「うれしがる」のには必要になると思います。ある面、「めんどう」だけど。


 だから、話し合った結果の「こと」だけじゃなくて、そこまでのプロセスの中でいろんなメンバーが、
「あーでもない、こーでもない」
って対話して、そういう「めんどう」なことを繰り返す「面白さ」「うれしさ」を味わえたらいい、と思っています。


 かつて、『学び合い』フォーラム実施に向けての実行委員会では、
「実行委員会自体が楽しい、にしないとね!」
とメンバー同士で伝え合っていたことを思い出します。


 例えば、実行委員会自体が得をする、そんなプロセスだといい、が私の経験値。

 さて、その条件は?