「あの先生は厳しい」とか「厳しくない」とか。
「厳しい」。プラスのイメージで語られることもあればマイナスなそれのこともあるなあ…と感じます。
つまりプラスイメージの「厳しい」とマイナスイメージの「厳しい」。
でも、どちらも「厳しい」という言葉で語られます。
「厳しい」という言葉と同じように、「優しい」という言葉も、よく同じような文脈の中で使われる事がありますよね。こちらの言葉は、「厳しい」とはちょっと違って、マイナスなイメージではあまり使われない気がします。マイナスな場合は、どちらかというと別な言葉、例えば「甘い」なんかが使われることが多いかな、と感じています。
「厳しい」「優しい」、どちらも教員間で使われる時は、前者の方が「人気」な気がします(私所感ですが)。つまり「優しい先生」と言われるより「厳しい先生」と評されたほうがいい?みたいな。そしてソレって往々にして、「こうと決めたらこう」とか「これがルールなんだから必ずこうせよ」的な「厳しさ」がイメージされることが多い気もしないでもないのです。
もちろん、どちらが上でどちらが下、なんてことでは決して無いんですが。
「厳しい」も「優しい」もとても大きな言葉だから、それが表しているイメージ、人となりは、本当にそれぞれどちらの言葉も範囲がとても広い言葉になってしまうでしょう。
だから、どうかすると、ぱっと見対照的に感じるこの2つの言葉の重なりって大きい場合もあったりするよね、と思います。「厳しいけど優しい」とか「優しいけど厳しい」みたいな。
そして、それって本当に人と人との関係性から生まれる感覚だよなあ、とそこに行き着くわけです。
だから「厳しい先生」「優しい先生」なんていうカテゴリーに分けることはできないなあ、と思ったりします。そして、「どちらかを」「単純に」目指すこともできないよなあ、と。
「厳しい」「優しい」そして「怖い」「甘い」。
接する子やその時の状況、その他を鑑みながら、それぞれの言葉の間を、
(さて、ここはどうしたほうがいいのか…)
と迷い、悩み、頭を抱えながら判断しているのが実際のところ。
「厳しい」でも「優しい」でも、本当はどっちでもよくて。子どもがにこにこして言うのなら、どっちでも実は同じなんだなあ、と思います。
とはいえ。私はトータルな方向性としては、やっぱり「優しい」方面に進んで行きたい、って思うんですけど。
なかなかの修行がいります。なかなかなりきれません。